癌の死亡者数が増えているのか?

人口動態により年齢別では患者数が減っているという話

データがいかに大切かである。しかしこのデータに信頼がないと話が全てうそになるので要注意である

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なぜ、日本のがん死亡者数はどんどん増えているのか?

「がんで亡くなる人が増えている」と聞いたことがないでしょうか?たしかに、周囲でがんで亡くなる人は増えたなと、実感している方もいるかもしれません。

ただ同時に「がん治療はすごく進歩していて、最近ではがんになっても亡くなることが減った」と言う話も聞いたことがないでしょうか?

これは矛盾する話のようにも聞こえます。

日本のがん治療は本当に進歩しているのでしょうか?なぜ、がんで亡くなる人は増えているのでしょうか?今の日本で何が起こっているのか、最新データを使って、丁寧に解説していきたいと思います。

がん死亡者数はたしかに増えている

まず、日本での実際のデータを見て、死亡数はどうなっているのか検証してみます。

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これは日本のがん死亡者数の推移を表したデータです。このデータを見ると、たしかにがん死亡者数はこの50年近く、どんどん増加しています。

これをみると日本でのがん治療はうまくいっていないようにも見えます。ネットではこのデータを出して、日本のがん治療のレベルがとても低いからだと解説しているものもあります。

しかし、その結論は明らかに間違っています。

がん治療は確実に進歩しているからです。

がん治療は確実に進歩している

本当に、日本のがん治療が進歩しているかを確認するために、主要ながんの5年生存率のデータをお見せします。がんと診断されてから、5年後に生存されている患者さんの割合を示したものです。

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がんの種類によって多少の違いはありますが、どのがんでも5年生存率は増加しています。がん治療は確実に進歩していると言えます。

では、治療は進歩しているのに、なぜ死亡者数が増えているのでしょうか?実は、これには日本の高齢化が大きく関わっています。

がん死亡者数増加の最大原因は高齢化

実は、がん発生率は高齢になるほど大きく高まります。

まず、国立がん研究センターのデータを見てもらいます。

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このデータは各世代のがんになる率(罹患率)を示しています。がん発生率は小児では大変に低く、40代以降に急激に上がっていきます。実は、若い人と高齢者では何千倍もの違いがあります。

がんは体の細胞に含まれる遺伝子というものに、徐々に傷がついていき、それが蓄積されて起こります。そのため、長く生きれば生きるほど、がんが発生する確率は高まることになります。

ご存知のように日本は高齢化が進んでいて、この20年で高齢者の割合は大きく高まっています。実際のデータをお示しします。

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日本では、がんの発生率が高い65才以上の割合が1980年代から急激に増加しています。がんの死亡者数が大きく増えているのはこれが関与していたのです。

正確な死亡率を知るには年齢補正が必要

実は、がん治療のレベルを推し量る時に使われるのは、がんの死亡者数ではありません。年齢調整死亡率というものを利用します。これは年齢構成の変化を調整して、同じ年齢構成だとした場合に、どのくらいの死亡率かというのを見るものです。なんでこんな処理をするのかを理解してもらうために、一つ例をお示しします。

A市にある若い人しか働いていない会社の1000人と、B市にある老人ホームに入っている1000人の、がん死亡率を比較したとします。会社の方は、がん発症者は3人、死亡者が1人であるのに対して、老人ホームの方は、がん発症者が50人で、死亡者が15人だったとします。この死亡率だけみると、老人ホームの方が15倍の死亡率です。この二つを比較して、B市のがん死亡率は極めて高いと言えるでしょうか?

もちろん言えないです。

がんになる人がとても多い高齢者の集団だと、がんで亡くなる人は増えますので、年齢を合わせた集団を比較しないと、どちらの方が死亡率が低いのか、どちらの地域の治療水準が高いかの比較ができません。

そこで行われるのが年齢調整死亡率を求めるという手法です。細かな計算方法は省きますが、要は同じ年齢構成の集団になるように、補正をしてから比較します。

日本の人口の年齢構成は大きく変わっていますので、この年齢調整死亡率を見てみないと、正確な日本のがん死亡率の変化はわかりません。

日本でのがん死亡率は低下している

では、その年齢調整死亡率のデータをお示しします。

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最初に示したどんどん増加しているグラフとは全く違うものだとわかると思います。日本のがん死亡率はどんどん低下しています。がん死亡数は増加しているが、年齢調整死亡率は低下しています。

日本は超高齢社会がすごい速度で進行していますので、がんになる人自体が爆発的に増えています。そのため、亡くなる人の数も増えています。ただ、同じ年齢の10万人を過去と現在で比較すると、現在の方がその内でがんになる人の数は減り、がんになっても亡くなる人の数が著しく低下しているということです。

不安を煽る情報に注意

今回、がん死亡者数の解釈について解説しました。なぜ、この話を取り上げたかと言いますと、実はこのデータを使って、不安を煽って、怪しい商品を売りつけようとする業者がいるからです。

ネットや書籍で以下のような記述を見ることがあります。

「日本のがん死亡者数はどんどん増えている。これは、がん治療のレベルが低いからだ。病院の治療を信用しないで、このビタミン剤を飲みましょう。」

「食生活が荒れているから、日本の死亡者数はどんどん増えている。もっと食事を改善しないといけない。この健康食品を買って食べなさい」

このデータを利用して、不安を煽って、商品を買わせるようとする記事が散見されます。

がん死亡数が増えているのは事実なのですが、その背景を正確に理解しないと、誤解をしてしまいます。データを悪用する人たちに騙されてしまわないように、注意をしていただければと思います。ぜひ、正確な情報をもとにして、がんという病気と向き合ってもらいたいなと思います。

大須賀覚がん研究者

がん研究者 / アラバマ大学バーミンハム校助教授。筑波大学医学専門学群卒。卒後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面して、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。Twitter (フォロワー4万人)。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。わかりやすくて、温かい、がん情報を発信していきます。

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