三浦雄一郎さんの快挙に日本中が湧いた。

何よりも80歳という高齢で手術を乗り越えての達成に関心と感心が集まっている。

80歳で毎日20kgの重りを背負い、両足に5kgの重りをつけて5kmも歩く練習をしていたという。

 

70歳の時、2回目のエベレスト登頂を達成した時には100kgだった背筋力は今回トレーニングによって150kgになったそうだ。

一方で70歳でも寝たきりになってしまった人がいる。もちろん基礎疾患があって寝たきりになるのだろうが、基礎疾患である高血圧症、糖尿病、などが悪ければ登山だってむつかしい。

 

三浦さんは身長165cmで体重が80kg程度と決していい体ではない。普通の80歳の体である。しかし、中身が全く違っているのはなんとなく想像がつくだろう。

 

特に筋力は年齢を超えて限界はないのだとよくわかった。また、足場が悪い登山をするための神経系にも彼は異常がないのだろう。あってもなんとかなっている程度だから、大きな麻痺などないことは明らかだ。

 

ではどうして普通の老人が不可能なことを彼ができるのだろうか?お金をかけてアンチエイジングの治療と称して、いろんなことをしてもエベレスト登山どころか富士山すら登山できない人が多いだろう。

 

全てはその人の「私にはできる」という意志のちからである。意志の力があるところには筋力の向上もあるし、神経系の発達もある。私はそう考えている。

何よりも山で登山中に死んでもいいという、強烈な死生観が彼の偉業を達成した理由だと思う。ひょっとして来年、または5年後に彼は挑戦をするかもしれない。

 

そして、その挑戦中に彼がなくなったとしてもそれは自分の夢を追いかけながらの死であり、尊い死に方だと思う。そんな老人が増えると日本ももっと元気になるだろう。

 

 

三浦さんエベレスト登頂 80歳、史上最高齢の快挙 記録を4歳更新 5年ぶり3度目

共同通信社  5月23日(木) 配信

 

 冒険家三浦雄一郎(みうら・ゆういちろう)さん(80)が23日午後0時15分(現地時間午前9時)ごろ、世界最高峰エベレスト(8848メートル)の登頂に成功した。これまでの76歳を4歳更新し、史上最高齢記録となった。5年ぶり3度目の快挙。

 現地から三浦さんの事務所(東京)に入った連絡によると、三浦隊は23日午前5時半(現地時間午前2時15分)ごろ、最終キャンプ(8500メートル)を出発。約7時間かけて頂上に到着した。

 三浦さんは到着後、事務所のスタッフに電話で「世界最高の気分。80歳でもまだまだいける」と喜びを語った。

 三浦さんは70歳だった2003年と75歳だった08年に2度、登頂した。76歳の時にスキーの事故で骨盤と大腿(だいたい)骨を折る大けがをしたが、既に完治。持病の不整脈も計4回の手術で乗り越えた。

 三浦隊は3月29日に日本を出発し、4月16日にベースキャンプ(5300メートル)に到着。5月16日に次男豪太(ごうた)さん(43)やシェルパ6人らとベースキャンプを出た。頂上までのルートに通常より多い6カ所のキャンプを設置した。

 三浦さんはベースキャンプ出発後も体調は良好で、高山病の症状も出なかった。7千メートルを超えた辺りから酸素吸入を始め、約45度の氷壁が続く難所の「ローツェ・フェイス」では、別の隊の若手クライマーを追い越すほどのペースで登ったという。

 エベレスト登頂のこれまでの最高齢記録は、08年に76歳で成功したネパール人男性(81)。この男性も現在、頂上に向かっているとの情報があるが、登頂は確認されていない。

 エベレストの日本人初登頂は、1970年の故植村直己(うえむら・なおみ)さんと松浦輝夫(まつうら・てるお)さん(79)。2012年には渡辺玉枝(わたなべ・たまえ)さんが73歳で登頂、女性の史上最高齢記録を打ち立てた。

 三浦さんの事務所で現地との連絡を取っている長女の恵美里(えみり)さん(52)は「自分の可能性に挑み続ける父をすごく誇りに思う」と話した。

※エベレスト

 中国とネパールの国境にある世界最高峰。中国名はチベット語のチョモランマで、ネパール名はサガルマータ。19世紀半ばにインド測量局の調査で世界最高峰と判明、同局長官のジョージ・エベレストにちなんで名付けられた。登頂ルートは、ネパール側からの南東稜ルートと中国側からの北稜ルートが一般的。天候が安定する春と秋に登る人が多い。頂上は約20人が立てる広さ。

※三浦雄一郎(みうら・ゆういちろう)さんの経歴

 1932年、青森市生まれ。北海道大獣医学部卒。60年代に米国のプロスキーレースで活躍。70年にエベレストの8千メートル地点からスキー滑降し、ギネス世界記録に認定された。78年に北極圏最高峰バーボーピークで、83年に南極大陸最高峰ビンソンマシフで滑降。85年に南米大陸最高峰アコンカグアを滑り、世界七大陸最高峰のスキー滑降を達成した。2003年、70歳でエベレストに初登頂。08年には75歳で2度目の登頂に成功した。92年からクラーク記念国際高校の校長を務める。