あらたな薬の開発が行われている。遺伝子の働きを解明し、そこに働きかけて治癒へ導くほほうである

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2011年11月9日
進行期肺癌患者において、併用「エピジェネティック」療法により遺伝子の抗癌活性が回復する可能性がある
 ―小規模臨床試験により、有望な治療効果が認められる
ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターで実施された小規模臨床試験において、癌細胞を増殖させる遺伝子サイレンシングの修復をねらった新タイプの治療に有望な結果が得られた。抗癌活性の回復を目的とした薬剤2種の併用投与を受けた45人の進行期肺癌患者は、予測された4カ月よりも2カ月間長く生存し、うち2人は、複数の標準治療歴後の進行期であったにもかかわらず、完全あるいはほぼ完全な奏功を示した。
11月9日、Cancer Discovery誌に報告された本研究において、ジョンズホプキンスの研究者たちは、非小細胞肺癌患者をアザシチジンとentinostat(エンチノスタット)の併用投与により治療した。アザシチジンは遺伝子を脱メチル化する。エンチノスタットはヒストン脱アセチル化を阻害するが、それもまた遺伝子のサイレンシングに関与する、遺伝子メチル化と類似したプロセスである。
「この結果により、この2剤の併用について、より大規模で決定的な臨床試験につながることを願っています。」キンメルがんセンターの腫瘍学教授で気道上部消化器癌プログラム長のCharles Rudin医学博士は述べる。Rudin氏は、本研究を行った臨床医と癌生物学者のチームを率いた。

 

本研究は、固形癌に対する「エピジェネティック(遺伝子の後成的な修飾による)」抗癌療法で初めて有望な結果が得られたもののひとつと考えられている。ジョンズホプキンスの研究者らは以前に、白血病患者に対して同薬剤の併用を試験した。実験による研究結果により、エピジェネティック療法は直接癌細胞の破壊をねらっているのではなく、癌細胞の遺伝子発現パターンを再プログラミングして癌の無制御増殖能力を失わせるのではないかと考えられた。

 

正常細胞には、特定の遺伝子発現パターンがあり、活性化された遺伝子と抑制された遺伝子があるが、このパターンに障害が起こると、通常では細胞が癌化するのを防ぐ活性をもつ遺伝子がサイレンシングされることが一因となって、高頻度で癌となる。癌細胞では不可逆的な遺伝子変異も起こっており、それは薬剤で修復することはできないが、遺伝子変異とエピジェネティックな遺伝子サイレンシングでは似たような発癌効果を示す場合が多い。
本臨床試験は、2008年にNew England Journal of Medicine誌に発表されたジョンズホプキンス大学の研究結果の一部に基づいて行われた。その先行研究はMalcolm Brock医師に率いられ、エピジェネティクス専門家である、Virginia and D.K. Ludwig腫瘍研究の教授でキンメルがんセンター副所長のStephen Baylin医師、及び腫瘍学教授のJames Herman医師が参加している。
先行研究において、早期非小細胞肺癌は、腫瘍と近くのリンパ節において4つの主要遺伝子のうち2つ以上にメチル化として知られる遺伝子サイレンシングマーカーがある場合に、外科手術後の再発がおこりやすいことが判明した。
「1990年代後期に、我々は、まず異常なDNAメチル化を修復して、その後ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を使用することで、異常にサイレンシングされた遺伝子を再発現できることを示しました。」Baylin氏は述べる。
今回の研究には、標準治療歴のある進行した転移性の非小細胞肺癌患者45人が登録した。
まず、10人の患者に対して薬剤の初期試験を行い、計画された投与量によって許容できない副作用は認められないことが確認された。その後、残り35人の患者を治療した。患者は、1カ月あたりアザシチジンを9日間、エンチノスタットを2日間投与された。
本臨床試験は、すべての患者に治療を行い、プラセボを投与する対照群はおかない「オープンラベル」で設定された。
このような試験は、抗癌剤の初期の臨床試験で行われることが多いとRudin氏は述べる。薬剤投与を受ける患者が一般的に余命6カ月以内であり、よい治療選択肢があまりないためだ。
上述したとおり、併用エピジェネティック療法を受けた患者の生存期間中央値は、本来見込まれていた4カ月より2カ月間長かった。主要遺伝子4つのうち2つ以上で脱メチル化が認められた患者は、そうでない患者に比べて生存率が高く、うち2人の患者では劇的な腫瘍縮小が認められた。
「ひとりの患者の腫瘍は、完全奏功を示したようです。」Rudin氏は述べる。その患者は喫煙歴があり、別な肺癌により死亡するまでに3年間近く生存した。

 

肺癌が肝臓に転移した別の男性患者では、エピジェネティック療法により転移癌が消失し、原発肺癌も著しく縮小した。「実は、その患者はエピジェネティック療法を受けた2年半後の現在、まだ生存しています。」Rudin氏は述べる。
Rudin氏によると、本試験により、併用エピジェネティック療法は、認容性が高く有効である可能性があることが示された上に、これら4つの遺伝子のサイレンシング状態は、非小細胞肺癌に対する併用療法の効果を予測する「バイオマーカー」となり得ることが示唆された。

 

また、本研究により、アザシチジンとエンチノスタットの併用により、アザシチジンが癌患者に対してもともと使用されていた細胞致死量よりも、はるかに低い投与量で良好なエピジェネティック効果が得られることも示された、とRudin氏は述べる。
本研究に関しさらに有望であるのは、多数の患者がエピジェネティック薬剤による治療の後で、標準化学療法に対して予想外に高い奏功を示したという結果である。「この結果によると、エピジェネティック療法には遅発性効果があるか、または後治療の影響を受けやすくして患者の癌の治療感受性を高めている可能性があります。」Baylin氏は述べる。
ジョンズホプキンス大学では、さらに臨床試験を行うようにこの2剤の製造業者に打診しているという。そのような臨床試験のひとつ、外科切除された早期癌患者に対するこの2剤の併用試験が開始されている。
本研究は、米国国立衛生研究所の特定優良研究(SPORE)プログラム、フライトアテンダント医学研究所、およびエンターテイメント・インダストリー基金と提携した米国癌学会の「Stand Up to Cancer(癌のために立ち上がろう)賞」の助成を受けた。
他に本研究に貢献した研究者は、前ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターで現在マクマスター大学のRosalyn A. Juergens、ジョンズホプキンス大学のMalcolm V. Brock、John Wrangle、Frank P. Vendetti、Sara C. Murphy、Ming Zhao、Barbara Coleman、Rosa Sebree、Kristen Rodgers、Craig M. Hooker、Noreli Franco、Beverly Lee、Salina Tsai、Michelle A. Rudek、James G. Herman、米国癌研究所のIgor Espinoza Delgado、およびラブレイス呼吸器研究所のSteven A. Belinskyである。
Juergens氏とRudin氏は、entinostat の製造元であるSyndax Pharmaceuticals社の元顧問である。Herman氏は、ジョンズホプキンス大学が発明した、遺伝子のメチル化状態を特定するメチル化特異的 PCR 技術のライセンス供与を受けたMDx Healthの元顧問である。Herman氏とBrock氏はMdxHealthから研究助成を受けており、Herman氏、Brock氏、およびBaylin氏は、MDx Healthにライセンス供与された特許を保有している。これらの取決めはジョンズホプキンス大学の利害相反方針に従って行われた。

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石岡優子  訳
田中 謙太郎(呼吸器・腫瘍内科、免疫/テキサス大学MDアンダーソンがんセンター)監修