乳がんリスクの遺伝子検査はBRCA1、2が有名である。この遺伝子については学ぶことが多い。

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キーポイント

BRCA1およびBRCA2は腫瘍抑制遺伝子として知られる遺伝子のクラスに属するヒト遺伝子です。これらの遺伝子の変異は、遺伝性乳癌および卵巣癌と関連しています(Question 1参照)。

・悪影響を及ぼす(有害な)BRCA1またはBRCA2遺伝子変異を受け継ぐと、女性が乳癌または卵巣癌、あるいはその両方を発症するリスクが著しく増加します。このような変異を持つ男性も乳癌リスクが高くなります。有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ男女ともに他の癌リスクも増加します(Question 2参照)。

・遺伝子検査でBRCA1およびBRCA2変異を調べることができます。検査には血液サンプルが必要で、遺伝カウンセリングを検査前後に受けることが推奨されています(Question 5参照)。

・有害なBRCA1またはBRCA2変異が検出された場合、癌リスクの管理を支援する選択肢はいくつかあります(Question 11参照)。

・連邦法および州法で個人の遺伝情報のプライバシーを守り、健康保険や雇用慣行での差別に対する保護を行います(Question 14Question 15参照)。

BRCA1およびBRCA2変異保因者における癌の発見、治療、予防の最新でより良い方法を見出すための多くの調査研究が行われています。追加的な研究では遺伝カウンセリングの方法や成果の改善に重点を置いています。この分野での知識は急速に進化しています(Question 18参照)。

 

1.BRCA1BRCA2とは何ですか?

BRCA1およびBRCA2は腫瘍抑制遺伝子として知られる遺伝子のクラスに属するヒト遺伝子です。

正常細胞では、BRCA1およびBRCA2は細胞の遺伝物質(DNA)の安定性を確保する役割をし、制御されない細胞増殖を阻止します。これらの遺伝子の変異は、遺伝性乳癌および卵巣癌の発症と関連しています。 BRCA1およびBRCA2の名前は、それぞれ乳癌感受性遺伝子1(breast cancer susceptibility gene 1)と乳癌感受性遺伝子2(breast cancer susceptibility gene 2)を表しています。

 

2.BRCA1BRCA2の遺伝子変異は癌リスクにどのような影響を及ぼしますか?

すべての遺伝子が変化または変異したり、悪影響を及ぼしたりする(有害)わけではありません。有益な変異もある一方で、はっきりした影響を及ぼさない変異(中立)もあります。有害な変異によって癌などの疾患を発症するリスクが増加する可能性があります。

BRCA1またはBRCA2の有害な変異を受け継ぐと、乳癌または卵巣癌、あるいはその両方を発症する生涯リスクが著しく増加します。このような女性は、若年(閉経前)での乳癌または卵巣癌、あるいはその両方の発症リスクが増加し、これらの疾患と診断された近親者が複数いることが多いです。有害なBRCA1変異によって女性の子宮頸癌、子宮癌、膵臓癌、大腸癌の発症リスクも増加する可能性があります(1,2)。また、有害なBRCA2変異により、膵臓癌、胃癌、胆嚢癌、胆管癌の悪性黒色腫のリスクが増加することもあります(3)。

有害なBRCA1変異を有する男性も乳癌、場合によっては、膵臓癌、精巣癌、初期の前立腺癌のリスクが高くなります。しかし、男性乳癌、膵臓癌、前立腺癌はBRCA2遺伝子変異とより強く関連しているようです(2-4)。 乳癌または卵巣癌、あるいはその両方がBRCA1またはBRCA2の有害な変異と関連している可能性は、複数の乳癌の病歴、乳癌および卵巣癌の両方の病歴を有する家族、1人あるいは複数の家族が2つの原発癌(異なる部位で最初に発現した腫瘍)を有する家族、またはアシュケナージ(東ヨーロッパの)系ユダヤ人の経歴を有する家族で最も高くなっています(質問6参照)。しかし、そのような家族のすべての女性が有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つわけではなく、そのような家族が発症するすべての癌がこれらの遺伝子の1つにおける有害な変異と関連があるというわけではありません。さらに、有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つすべての女性が乳癌または卵巣癌、あるいはその両方を発症するわけではありません

生涯リスクの推定によると、母集団の女性の約12%(1,000人中120人)が生涯のある時期に乳癌を発症するのに対し、BRCA1またはBRCA2の有害な変異を受け継いだ女性では約60%(1,000人中600人)です。言い換えると、BRCA1またはBRCA2の有害な変異を受け継いだ女性は、それらの変異を持たない女性より乳癌発症率が約5倍高くなります。

母集団の女性の卵巣癌の生涯リスク険推定では、1.4%(1,000人中14人)が卵巣癌と診断されるのに対し、有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ女性では15~40%(1,000人中150~400人)であると示しています(4,5)。

しかし、注意しなければいけないのは、BRCA1およびBRCA2に関連した研究の大半は、多くの癌患者がいる大家族について行われたということです。BRCA1およびBRCA2の変異と関連する乳癌および卵巣癌の推定リスクは、これらの家族に関する研究から算出されました。家族は遺伝子や、多くの場合環境の一部を共有しているため、このような家族にみられる多数の癌症例はある程度は他の遺伝因子あるいは環境因子が原因である可能性もあります。したがって、多くの罹患者がいる家族に基づいたリスク推定は、母集団のBRCA1およびBRCA2変異保因者のリスクレベルを正確に反映していないかもしれません。それに加えて、有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ女性と持たない女性の癌リスクを比較した母集団の長期的な研究データはありません。そのため、さらにデータが得られるようになれば、上記の割合は、変わる可能性があります。

 

3.他の遺伝子の遺伝性変異で乳癌または卵巣癌、あるいはその両方のリスクは増加しますか?

はい、増加します。TP53、PTEN、STK11/LKB1、CDH1、CHEK2、ATM、MLH1、MSH2などのいくつかの他の遺伝子の変異は遺伝性乳癌または卵巣癌、あるいはその両方と関連しています(4,6,7)。しかし、遺伝性乳癌の大部分はBRCA1およびBRCA2の遺伝性変異と関連しています(8)。全体的には、BRCA1およびBRCA2の遺伝性変異は米国の白人女性で、乳癌の5~10%、卵巣癌の10~15%の原因となっていると推定されています(6)。

 

4.BRCA1BRCA2の特異的変異は、特定の母集団でより多くみられますか?

はい。たとえば、BRCA1遺伝子に2つ、BRCA2遺伝子に1つある3つの特異的変異はアシュケナージ系ユダヤ人の母集団の遺伝子で検出される最も多い変異です。ある研究では、参加者の2.3%(5,318人中120人)がこれら3つの変異のうちの1つを保因していました(9)。これは一般的母集団と比較すると約5倍高い頻度になります.非ユダヤ人の母集団と比較して、これらの変異の頻度が高いためにユダヤ人の母集団で乳癌リスクが高いのかどうかはわかっていません。

ノルウェー人、オランダ人、アイスランド人などの他の人種的集団や地理的集団でも、BRCA1およびBRCA2の特異的変異の頻度が高くなっています。

また、BRCA1およびBRCA2の特異的変異の頻度はアフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、アジア系アメリカ人、非ヒスパニック系白人など米国の各人種および民族集団で異なる可能性があると限られたデータで示唆されています(11-13)。 人種および民族集団間の遺伝子の差異に関するこの情報は、医療従事者が最も適切な遺伝子検査を選択するのに役立つかもしれません(質問5参照)。

 

5.BRCA1BRCA2の変異を検出する遺伝子検査はありますか?また、その検査はどのように行われますか?

あります。BRCA1およびBRCA2変異の検査にはいくつかの方法があります(14)。ほとんどの方法で、BRCA1およびBRCA2DNAの変化を調べます。少なくとも1つの方法で、これらの遺伝子が生成するタンパク質の変化を調べます。複数の方法を組み合わせることが多いです。

これらの検査には血液サンプルが必要です。研究室、診療所、病院またはクリニックで採血され、検査専門の研究室に送られます。検査結果がわかるまでには通常数週間以上かかります。検査を受けると決めた人は、検査結果がいつわかるのかを医療機関に確認しなくてはいけません。

一般的に、検査前後に遺伝カウンセリングを受けることが推奨されています。このカウンセリングは癌遺伝子に習熟している医療の専門家が行わなければいけません(質問17参照)。通常、遺伝カウンセリングには、個人や家族の病歴に基づくリスク評価、遺伝子検査の妥当性に関する話し合い、用いることになる特定の検査とその検査の技術的精度、陽性または陰性の検査結果の医学的意味、検査結果が有益ではない(曖昧な結果)可能性(下記参照)、遺伝子検査結果の心理的リスクと利点、変異が子供に受け継がれるリスクが含まれます。

 

6.BRCA1BRCA2変異の遺伝子検査を検討すべきかどうかはどのように分かるのですか?

現在のところ、BRCA1またはBRCA2変異検査を推奨したり勧めたりする標準的な基準はありません。

乳癌または卵巣癌、あるいはその両方の家族歴がある場合、乳癌または卵巣癌に罹患している家族がまず検査を受けるのが最も有益でしょう。その家族が有害なBRCA1またはBRCA2変異を持っていると判明すれば、他の家族も検査を受け、その変異を持っているかどうか調べることができます。

とにかく、有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ近親者がいる女性および家族歴があるため乳癌または卵巣癌、あるいはその両方のリスクが高いと思われる女性は、潜在的リスクとBRCA1およびBRCA2の遺伝子検査についてさらに知るために遺伝カウンセリングを検討すべきです。

BRCA1またはBRCA2の有害な変異を持つ可能性は、癌の特定の家族パターンで増加します。パターンには以下のようなものがあります(15)。

・アシュケナージ系ユダヤ人ではない女性:

  1. 乳癌と診断された2人の第一度近親者(母親、娘、または姉妹)がおり、そのうちの1人が50歳以下で罹患している
  2. 3人以上の第一度または第二度近親者(祖母または叔母)が診断時の年齢に関係なく乳癌と診断されている
  3. 第一度および第二度近親者の両方が乳癌および卵巣癌と診断されている(一人につき1種類の癌)
  4. 第一度近親者が両乳房において癌と診断されている(両側乳癌)
  5. 2人以上の第一度および第二度近親者が診断時の年齢に関係なく卵巣癌と診断されている
  6. 第一度または第二度近親者が診断時の年齢に関係なく乳癌および卵巣癌の両方と診断されている
  7. 男性の近親者が乳癌と診断されている

・アシュケナージ系ユダヤ人の女性:

  1. 第一度近親者が乳癌または卵巣癌と診断されている
  2. 同系の2人の第二度近親者が乳癌または卵巣癌と診断されている

これらの家族歴パターンは母集団の約2%の成人女性に当てはまります。これらの家族歴パターンに該当しない女性は有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ可能性が低いです。

 

7.BRCA1BRCA2の変異検査にはどのくらいの費用がかかりますか?

BRCA1およびBRCA2変異検査の費用は、通常数百から数千ドルまでさまざまです。検査費用が保障対象になるかどうは保険契約によって異なります。BRCA1およびBRCA2変異検査を検討している人は遺伝子検査に関する保険契約について調べてみるとよいでしょう。

 

8.BRCA1またはBRCA2陽性の検査結果は何を意味しますか?

一般的に、陽性の検査結果はBRCA1またはBRCA2の既知の有害な変異を受け継いでおり、そのため、前述のように特定の癌の発症リスクが高いことを示します。しかし、陽性の検査結果は、癌発症リスクに関する情報のみを提供します。実際に癌を発症するのかや、いつ発症するのかは分かりません。有害なBRCA1またはBRCA2変異を受け継いだすべての女性が、乳癌または卵巣癌を発症するわけでありません

陽性の遺伝子検査結果は、将来の世代を含む家族にとって、健康上および社会的に重要な意味があるかもしれません。大部分の他の医学検査とは異なり、遺伝子検査では検査を受ける人についてだけでなく、その人の近親者についての情報も明らかになります。癌を発症しているか否かにかかわらず、有害なBRCA1またはBRCA2変異を受け継いでいる男女共に、その変異を息子や娘に伝える可能性があります。しかし、有害な変異を持つ人々の子供すべてが、変異を受け継ぐというわけでありません

 

9.BRCA1またはBRCA2陰性の検査結果は何を意味しますか?

陰性の検査結果は、検査を受けた人の家族が有害なBRCA1またはBRCA2変異を保因していると確認されているかどうかで解釈が異なります。家族の誰かが既知の変異を持っていれば、他の家族が同一の変異に対する検査をすることで彼らの癌リスクに関する情報が得られます。その家族の既知の変異に対して陰性ならば、BRCA1またはBRCA2に関連した遺伝的な癌感受性を持つ可能性は低いです。このような検査結果は、「真の陰性」と呼ばれています。真の陰性の検査結果は、その人が癌を発症しないことを意味するのではなく、癌リスクが母集団のリスクとおそらく同じであることを意味します。

家族に乳癌または卵巣癌あるいはその両方の病歴があり、BRCA1またはBRCA2の既知の変異がこれまでに確認されていない場合は、陰性の検査結果は有益ではありません。検査(「偽陰性」)で検出されなかった有害なBRCA1またはBRCA2の変異を持っているかどうか、または結果が真の陰性であるかどうか見分けることはできません。また、BRCA1またはBRCA2以外の癌リスクを増加させる遺伝子に変異を持っている可能性もありますが、この検査では検出できません。

 

10.曖昧なBRCA1またはBRCA2の検査結果は何を意味しますか?

他の人々においてこれまで癌と関連のないBRCA1またはBRCA2の変化が検査で示される場合、その検査結果は「曖昧」(不確実)と解釈される場合があります。ある研究で、BRCA1およびBRCA2の変異検査を受けた女性の10%がこの種の曖昧な結果を有することが明らかになりました(16)。

病気のリスク増加と関連していない遺伝子の差異は誰でも持っているので、特定のDNAの変化が癌発症リスクに影響を及ぼすかどうかわからない場合もあります。より多くの研究が行われ、より多くの人々がBRCA1またはBRCA2の変化に対する検査を受ければ、科学者らはこれらの変化と癌のリスクについてさらに分かるでしょう。

 

11.陽性反応を示す人のための選択肢にはどのようなものがありますか?

有害なBRCA1またはBRCA2変異のある人において癌リスクの管理を行う選択肢はいくつかありますが、これらの選択肢の有効性を示す質の高いデータは限られています。

検査サーベイランス―サーベイランスとは癌スクリーニングまたは病気を早期発見する方法のことですが、スクリーニングを行っても癌発症のリスクは変わりません。癌を最も治療できる可能性のある早期に発見することが目標です。 乳癌のサーベイランス方法には、マンモグラフィーや臨床乳房検査などがあります。BRCA1またはBRCA2変異を持つ女性における磁気共鳴画像法(MRI)などの他の乳癌スクリーニング方法の有効性を検証する研究が現在行われています。慎重なサーベイランスを行えば、乳癌の多くは、十分早い時期に診断され、治療が可能です。 卵巣癌のサーベイランス方法には、経膣超音波検査、CA-125抗原血液検査、臨床検査などがあります。サーベイランスにより癌を早期に発見できることもありますが、これらの方法が卵巣癌による死亡率を減少できるかどうかは不確定です。

予防的手術―この種の手術では、癌を発症する可能性を減らすために「リスクのある」組織をできるだけ多く切除します。しかし、予防的両側性乳房切除術(健康な乳房の切除)および予防的両側卵管卵巣摘出術(健康な卵管と卵巣の摘出)は、癌を発症しないことを保証するものではありません。リスクのある組織すべてがこれらの手術で切除されるわけではないので、予防的手術の後でも乳癌、卵巣癌、または原発性腹膜癌(卵巣癌に類似した癌の一種)を発症する女性もいます。また、卵管卵巣摘出術が乳癌および卵巣癌の発症に対してもたらす保護作用の程度はBRCA1およびBRCA2変異の保因者間で異なる可能性があると示唆するエビデンスもあります(17)。

リスク回避―特定の行動が母集団において乳癌および卵巣癌のリスクと関連しています(質問16参照)。BRCA1またはBRCA2変異保因者において、個人の行動を修正して癌の発症リスクを減少させる利点に関する研究結果は限られています。

化学予防―この方法では、天然物質または合成物質の使用で、癌の発症リスクや再発率を減らします。たとえば、薬剤タモキシフェンが高リスク女性の乳癌発症リスクを約50%減らし、過去に乳癌と診断され、治療を受けている女性の乳癌再発率を減少させると示されています。それを受けて、タモキシフェンは乳癌治療薬として米国食品医薬品局(FDA)に承認され、閉経前および閉経後の高リスクの女性の乳癌発症リスクを減少させています。しかし、BRCA1またはBRCA2変異を持つ女性におけるタモキシフェンの有効性を評価する研究はほとんどありません。タモキシフェンがBRCA1およびBRCA2変異保因者における乳癌リスクを下げるのに有用であると3つの研究によるデータで示されています(18-20)。これらの研究のうちの2つでは、初回の乳癌治療を受けている女性の対側乳房の癌発症を減少させる上でのタモキシフェンの有効性を調べました(19,20)。 もう一つの薬剤、ラロキシフェンは米国国立癌研究所(NCI)の資金提供による大規模な臨床試験で、高リスクの閉経後女性の浸潤性乳癌発症リスクをタモキシフェンとほぼ同程度減少させることが分かりました。その結果、ラロキシフェンは閉経後女性における乳癌リスク減少のためFDAに承認されました。タモキシフェンとラロキシフェンは同様の方法で乳癌細胞の増殖を阻害するため、ラロキシフェンは閉経後のBRCA1およびBRCA2変異保因者の乳癌リスクを減少させるのに有用でしょう。しかし、これは直接研究が行われたわけではありません。

 

12.乳癌および卵巣癌リスクに対する遺伝子検査の利点にはどのようなものがありますか?

検査結果が陽性か陰性かに関係なく、遺伝子検査による利点があります。結果が陰性の場合の考えられる利点には、安堵感、および特別の予防的な検査、検査、または手術の必要性がないであろうという可能性があります。検査結果が陽性の場合、不確実さを緩和し、癌リスクを減らすために対策を講じるなど、情報を得た上で将来についての決定ができます。そのうえ、検査結果が陽性の人の多くは、長期的には乳癌による死亡を減少させる可能性のある医学研究に参加できます。

 

13.乳癌および卵巣癌リスクに対する遺伝子検査のリスクにはどのようなものがありますか?

遺伝子検査の直接的な医学的リスク、または害は非常に小さいですが、試験結果は感情、社会的関係、資金面、医療の選択に影響を及ぼす可能性があります。 試験結果が陽性の人々は、心配したり、落胆したり、憤慨したりするかもしれません。彼らは、重大で長期的な影響があり、有効性が不確かである予防的手術などの予防方法を行うことを選ぶかもしれません。 試験結果が陰性の人々は、1人または複数の大切な人に影響する病気の発症リスクがおそらく高くないことを知り、「生存者の罪悪感」を経験するかもしれません。 遺伝子検査では複数の家族に関する情報が明らかになるので、検査結果による感情で家族内に緊張をもたらすことがあります。検査結果は、結婚や出産のような個人の選択に影響を及ぼす場合もあります。遺伝子検査結果のプライバシーと守秘義務に関する問題は、さらなる潜在的リスクです(下記参照)。

 

14.遺伝子検査結果が医療記録に記載されるとどうなりますか?

臨床検査結果は通常個人の医療記録に記載されます。したがって、遺伝子検査を検討している人は、結果が機密扱いにならない可能性を理解しなくてはいけません。

個人の遺伝情報は健康情報とみなされるため、1996年の医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(HIPAA)のプライバシー規則が適用されます(21)。プライバシー規則は医療従事者などが健康情報のプライバシーを保護するよう求め、健康記録の使用と公開に限度を設け、健康関連情報の特定の使用と開示を管理する権限を個人に与えるものです。また、多くの州でプライバシーを保護し、遺伝および他の健康情報の開示を制限する法律を設けています。 2008年、遺伝情報差別禁止法(GINA)は連邦法となりました(質問15参照)。GINAは健康保険や雇用に関して遺伝情報に基づいた差別を禁じていますが、この法律は生命保険、身体障害者保険、介護保険は適用対象外です。これらのタイプの保険に申し込む際には、保険会社の健康記録の入手を許可する用紙に署名するよう求められることがあります。保険会社は補償範囲を決定するにあたり、遺伝子検査結果を考慮することがあります。 一部の医師は遺伝子検査結果を医療記録に記載しません。しかし、たとえ結果が医療記録に記載されないとしても、遺伝プロファイルに関する情報は、その人の家族の病歴から集められることがあります。

15.遺伝子差別とは何ですか?この種の差別から人々を保護する法律はありますか?

癌などの病気になるリスクを増加させる遺伝子変異を持つために保険会社または雇用主に異なる扱いを受けるとき、遺伝子差別は起こります。しかし、2008年GINAが成立し、健康保険や雇用に関する遺伝情報に基づく差別から米国民を保護しています(22,23)。健康保険会社に関するこの法律の一部は2009年5月から2010年5月の間に発効し、雇用主に関する法律は2009年11月までに発効します。この法律は生命保険、身体障害者保険、介護保険は適用対象外です。また、軍人も適用外です。 健康保険に関するGINAによる保護には以下のようなものがあります。

  1. 団体医療保険の保険料や分担金は、保険に加入する個人の遺伝情報に基づいて引き上げることはできません。
  2. 保険会社は、団体医療保険加入前に個人またはその家族に遺伝子検査を受けるように要求できません。
  3. 保険会社は、個人が団体医療保険に加入する前に、または保険への加入に関して、個人についての遺伝情報を要請、要求、または購入することはできません。
  4. 健康保険会社は遺伝情報を唯一の根拠として、既往症の存在を主張し、そのために保険適用を拒むことはできません。

雇用に関するGINAによる保護には以下のようなものがあります。

  1. 雇用主は遺伝情報に基づいて採用を拒否したり、解雇したりすることはできません。
  2. 雇用主は遺伝情報によって、給与、雇用条件、特権、今後の機会に関して従業員を差別することはできません。
  3. 雇用主は特殊な状況を除いて、従業員の遺伝情報を要請、要求、または購入することはできません。
  4. 雇用主は特殊な状況を除いて、従業員の遺伝情報を開示することはできません。

GINAの成立前、多くの州で遺伝子差別に対する法律が制定されていました。これらの法律による保護範囲は州によって大きく異なります。GINAはすべての州が満たすべき最低保護基準を定めており、いかなる州法による保護をも弱体化させるものではありません。

16.一般に、どのような要因が乳癌や卵巣癌の発症を増加または減少させますか?

以下の要因は、母集団において乳癌または卵巣癌、あるいはその両方の発症リスク増加または減少に関連していますが、これらの要因がどのようにBRCA1またはBRCA2変異を持つ人のリスクに影響するかはまだはっきりとはわかっていません。また、遺伝性乳癌の大部分はBRCA1またはBRCA2変異とは関連していません(8)。

  1. 年齢―乳癌および卵巣癌のリスクは、年齢と共に増加します。大部分の乳癌と卵巣癌は、50歳以上の女性に発症します。有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ女性は、50歳未満で乳癌または卵巣癌を発症することが多いです。
  2. 家族歴―乳癌または卵巣癌、あるいはその両方の癌に罹患した第一度近親者(母、姉妹、娘)または他の血縁者のいる女性は、これらの癌の発症リスクが高いかもしれません。また、大腸癌の近親者を持つ女性は、卵巣癌の発症リスクが高くなる可能性があります。
  3. 病歴―乳癌になった女性は、乳癌の再発リスクまたは卵巣癌の発症リスクが高くなります。
  4. ホルモンの影響―エストロゲンは体内で自然に生成され、乳房組織の正常な成長を促進するホルモンです。乳房組織の成長を促進するというその本来の役割のため、過剰なエストロゲンが乳癌リスクの一因である可能性があると考えられています。初潮が12才未満または閉経が55才以降の女性は、乳癌リスクがわずかに高く、30歳以降に第一子を出産した女性も同様です。これらの各要因によって、女性の体がエストロゲンに暴露される期間が増加します。エストロゲンの主な生成源である卵巣の摘出は、乳癌リスクを減らします。また、授乳も乳癌リスクを減少させ、ホルモン機構によって作用すると考えられています(24)。
  5. 経口避妊薬(経口ピル)―大部分の研究により、経口避妊薬を服用している女性の乳癌リスク増加はわずかであるか、または変化がないことが示されました(24)。一方、経口避妊薬の服用で卵巣癌リスクが減少すると多くの研究が示唆しています(25)。この予防効果は経口ピルの服用期間によって増加し、服用中止後最長25年間持続するようです。また、経口避妊薬の服用で有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ女性の卵巣癌リスクも減少すると考えられます(26)。
  6. ホルモン補充療法―医師が、体のほてりのなどの特定の更年期症状による不快感を軽減するために、ホルモン補充療法(HRT)を処方する場合もあります。しかし、国立衛生研究所(NIH)の一部である国立心肺血液研究所による大規模な臨床試験である女性の健康イニシアチブ(WHI)の結果では、エストロゲンやプロゲスチンのホルモンを用いたHRTは、乳癌、心臓発作、血栓、脳卒中のリスク増加などの有害な副作用と関連していると示されました。また、WHIはエストロゲンのみを用いるHRTは血栓や脳卒中のリスク増加と関連していましたが、乳癌リスクへの影響は不確定であるとしています(27)。さらに、WHIはエストロゲンとプロゲスチンを用いたHRTを受けた女性の卵巣癌リスクの増加も示唆しましたが、この結果は統計的に有意ではありませんでした(28)。これらの起こりうる有害な副作用のため、FDAは、HRTは治療目標達成に必要な最低用量で最短の期間のみ用いることを推奨しました。

有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ女性の乳癌リスクへのHRTの影響に関するデータはこれまでのところ報告されておらず、そのような女性におけるHRTの使用と卵巣癌リスクに関しては限られたデータしかありません。ある研究では、HRTの使用はBRCA1またはBRCA2変異を持つ女性の卵巣癌リスクに影響しないと考えられました(29)。 HRTの使用を検討するときは、この種の治療の潜在的な有害性と利点の両方について患者と医療従事者が慎重に話し合わなくてはいけません。

  1. 肥満-肥満は、特にHRTを受けていない閉経後の女性において、乳癌リスクの増加と関連していると実質的なエビデンスが示唆しています(24)。また、エビデンスでは肥満は卵巣癌による死亡率(死亡)の増加に関連していると示しています(30)。
  2. 運動―運動と乳癌リスクの関係が多くの研究で調査され、これらの研究のほとんどが運動、特に激しい運動が、リスク減少に関連していると示しました。このリスク減少は閉経前女性および正常体重を下回る女性でより顕著であると考えられます(24)。
  3. アルコールアルコール摂取は乳癌リスクの増加と関連しているという実質的なエビデンスがあります。しかし、アルコール摂取を減らせば乳癌リスクが減少するかどうかは不確定です(24)。
  4. 食事脂肪―初期の研究は高脂肪食と乳癌リスク増加の潜在的関係性を示唆しましたが、最近の研究では結論に到達しませんでした。WHIでは、低脂肪食は乳癌リスクを減少させませんでした(31)。

 

17.癌リスクに対する遺伝子検査の詳細な情報はどこで得られますか?

遺伝子検査を検討している人は、検査を受けるかどうか決める前に遺伝学を熟知した専門家と話し合うべきです。これらの専門家とは、医師、遺伝子カウンセラー、遺伝学を熟知したその他の医療従事者(看護師、心理学者、ソーシャルワーカーなど)です。遺伝学を熟知した医療専門家を探す支援については、インターネットでNCIのCancer Genetics Services Directory(http://www.cancer.gov/search/geneticsservices)をご覧ください。あるいは、NCIの癌情報サービス(CIS)にお問合せください(問い合わせ先は下記参照)。CISでは遺伝子検査についての詳しい情報を提供し、遺伝学を熟知した医療専門家を探す支援を行っています。

18.有害なBRCA1またはBRCA2変異を持つ人の支援のために現在どのような研究が行われていますか?

BRCA1またはBRCA2変異保因者における癌の発見、治療、予防の最新でより良い方法を見出すための調査研究が行われています。追加的な研究では遺伝カウンセリングの方法や成果の改善に重点を置いています。この分野での知識は急速に進化しています。 BRCA1またはBRCA2変異保因者のための進行中の臨床試験(人間での調査研究)に関する情報はNCIのウェブサイトで入手できます。下記のリンクよりNCIの臨床試験データベースを検索し、BRCA1またはBRCA2変異保因者が参加できる試験の一覧を調べることができます。

  1. BRCA1変異保因者
  2. BRCA2変異保因者

また、NCIのCISは臨床試験に関する情報を提供し、臨床試験の検索を支援します(問い合わせ先は下記参照)。

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