院長よりご挨拶

免疫療法などの患者さん自身のガンや病気に対する抵抗力を挙げるクスリというものは存在しないようです。 しかし、どんな抗がん剤やビタミンCでも患者さん自身の抵抗力、免疫力が低下した場合は効果がありません。 そういった例を今まで沢山見てきました。 最近になってLDNという薬が免疫力を上げることが解ってきました。 ある患者さんのリンパ球の値は1500から3600まで跳ね上がりました。 他にも免疫力を上げる方法は沢山あると思います。 代替統合医療はいろんな治療法を取り入れて行くべきだと思っています。決して西洋医学だけでもなく、とうよういがくだけでもないのです。

診療科目
整形外科
内科
リハビリテーション科
健康診断
特殊外来
診療時間
月•火•木•金
9:00 〜 12:30
14:00 〜 18:00
水•土
9:00 〜 12:30
日曜・祝祭日休診
毎週金曜日は点滴療法説明会のため17時以降の診療は予約の方のみとなります。

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Archive for '私事'

ガンとこころ~阿字観(瞑想)を体験した。

 ガンの患者さんで末期がんが治った話を聞くことがある。聞くこともあるし、書物でも読むことがある。 現代医学では説明がつかないが、統合医療の立場から考えてみるときっと免疫力が向上したのだろうと思われる。 しかし、免疫療法をしても末期がんの患者さんがみんな良い結果になるわけでもない。 やはり、早期がんのほうが治る確率は確実に高いとおもう。 しかし、・・・しかしである。末期がんで治療をやりつくして抗がん剤の副作用でボロボロの体になった人が免疫の力だけで完全に治癒したり、ガンの進行が止まるのはなぜだろうか? プラシボ効果だろうといって思考停止してはいけないと思う。そこに何があるのかを探らなければならない。 私なりに考えてそのように急激に改善した患者さんにはいくつかのパターンがあると思う。 1、今までの自分の人生に感謝の念がわいてきて涙が止まらなくなった。その後徐々に回復して行ったパターン。 2、急に自分が神や宇宙や自然とつながっていると思い始め、多くはそれが解ったという。その後徐々に回復するパターン。 3、まるで自分ががんになって生まれ変わったことに気がついた、というパターン などがあるようだ。そのいずれにもあるのは人生観が変わるほどの思想の転換があったということだ。決して強い意志を持っていたから治ってきたというわけではない。そこが不思議でもあるし、逆に言うと自分の意志などよりも自然に気がつく、または自然や宇宙や神などの超自然的なものから啓示を受けるようにして考え方や感じ方が変わるときに治癒に向かうような印象を持っている。 そういったことから精神世界にもともと興味があったのもあり、今回縁あって阿字観という瞑想法を習うことになった。 『阿字観(あじかん)とは、日本では主に平安時代の弘法大師によって伝えられた瞑想法を指す。阿字観ヨーガ・密教ヨーガとも言うが、現代では中国密教の古法の「唐密」(タンミィ)とチベット系の「西密」(シーミィ)、チベット密教においてはニンマ派の大成就法である「ゾクチェン」のそれぞれにも、異なる密教の『阿字観』が伝承されていることが知られている。』(wiki pediaより) しかし、昨日どうして急に阿字観体験をしたかというと、知人の小山先生(ドクターオヤマ診療所院長)に誘われたからである。小山先生はこの手の精神世界の私の先輩でもあり友人でもある(と私は勝手に思っている) 個人的にも、もともと、仏教の中でも小乗仏教(修行して悟りに至る)に興味があったが、世間の生活にまみれていてなかなか個人的な精神的な修行には思いが至らなかった。修行するからには世間の世俗にまみれた生活をしていてはいけないという自分の中の思いがあり、自分のように世間で世俗的な生活をしてる人間には程遠いものであるという気恥ずかしさがあった。 それは今も変わりなく、観音寺というお寺の住職氏から氏の12年間に渡る比叡山での修行の話を聞くと自分にはとてもとても・・・・と腰が引けてしまうのも事実である。でも、修行の話はきっと楽しいだろうと思う。これから通いながら色んな話を聞いてみたい。 しかし、そうはいっても今回は思い切って参加してよかったと思う。山の中で夕方6時30分から阿字観の瞑想を習ったのだが、実にすがすがしい気分になった。瞑想をする前には清浄体操という、ヨガの原型のような体操もあった。その体操をしばらくした後に瞑想に入った。半か(足へんに加える)座という簡単な胡坐をかいて瞑想するのだが、半眼になり目前に置かれた「満月」をかたちどった衝立のようなものをみながらひたすら数を数える方法である。 あっという間に30分が過ぎて、自分には15分くらいに感じた。途中眠くなり一瞬寝ていた様でもある。和尚さんはそれに気がついていて「途中寝ていましたね、でもその後また瞑想に帰ってきてくれたので良かったです」といわれた。 寝ていたのか、瞑想のなかで幻を見たのか、満月を浮かべた空に雲が流れているように見えていた。それがなんも言えずに綺麗であった。

芥川賞の田中氏、「共喰い」

何かと世間を騒がせてくれた田中氏の著作を読んでみた。 本の内容はamazon.co.jpによると以下のあらすじだ。 商品の説明 第146回(平成23年度下半期) 芥川賞受賞 内容紹介 第146回芥川賞受賞作「共喰い」――昭和63年。17歳の遠馬は、怪しげな仕事をしている父とその愛人・琴子さんの三人で川辺の町に暮らしていた。別れた母も近くに住んでおり、川で釣ったウナギを母にさばいてもらう距離にいる。日常的に父の乱暴な性交場面を目の当たりにして、嫌悪感を募らせながらも、自分にも父の血が流れていることを感じている。同じ学校の会田千種と覚えたばかりの性交にのめりこんでいくが、父と同じ暴力的なセックスを試そうとしてケンカをしてしまう。一方、台風が近づき、町が水にのまれる中、父との子を身ごもったまま逃げるように愛人は家を出てしまった。怒った父は、遠馬と仲直りをしようと森の中で遠馬を待つ千種のもとに忍び寄っていく….。川辺の町で起こる、逃げ場のない血と性の臭いがたちこめる濃密な物語。 第144回芥川賞候補作「第三紀層の魚」も同時収録。 もともと文学部志望だった私としてはエログロな表現が目に付いてしまう作品だった。かつてのような思想や骨太な生き方を描く作品が芥川賞にならなくなって随分経つと感じる。前回の西村賢太氏にも感じたが、私小説という分野自体がもう必要ない気さえする。 私小説は平和で安定した世の中において、通常の価値観を破壊するような価値観を描くことによってインパクトを与えてきた。かつての太宰治に代表される堕落的思想だ。文学者というものは大抵がこの社会の価値観を破壊する考え方、新しい生き方を何らかの形で提案してきたと思う。 今回田中氏の芥川賞を石原都知事が酷評し、選考委員から外れてしまったのも結局こういった私小説が新しい価値観を生むことが出来なくなり小さな作者自身の生い立ちや貧困、性の衝動といったすでに書きつくされ共感を生まない作品ばかりになってきてるからだろう。 貧困、性の衝動、社会に対する不満、不信、それらの表現はすでにテレビや映画の世界でも多く表現されてきており、日本国民の多くはそれを当たり前と感じているのではないだろうか。 今の大学生は卒業後の進路も決まらない生徒が多くなり、いずれ来るギリシアのような国家の破産まで視野に入れて感じている気がする。 そこにあるのは田中氏の描いた貧困の少年でもなく、父親に自分の彼女を犯される性の衝動でもない。こんなテーマは安物のAVで沢山表現されている。今の現状で未来を思った時に出てくるのは国家破産であったり、デモ隊と警察の衝突、食糧難の生活だったり、資本主義の終わりなどのもっとドラステイックな社会の変化だろう。 文学がもっと大きな力を持つのはいつだろうか?かつての文学全盛期はどこに行ったのか? 三島由紀夫の自殺がひとつの時代の変わり目だったと思う。そのご、村上龍が芥川賞をとった頃から私は文学に対する憧れがなくなっていった。そして私達の青春時代に共感を惜しまなかった村上春樹が芥川賞とは無縁だったことも日本文学に失望を感じた。 その後村上春樹は海外で生活を始めとうとうノーベル賞の候補に挙がっているが、日本の文学界はそれを無視している。 これこそ日本の文学界が私小説の中に埋没し、表現者の技術的側面しか確立できていない点だと思う。

ヒクソングレイシーの生き方

新年明けましておめでとうございます。 とうとう新しい年になった。今年は世界中で大恐慌になると言われている。正月のテレビにも浜矩子先生(同志社大学教授)が出演し、世界恐慌について話していた。  おそらくその通りになるのだろう。ユーロ諸国の国債の未達も散見されてきてるし、投機筋の強力な先売りもこれから激しくなるだろう。その後、日本国債が投機筋の餌食になるのが先か、アメリカ国債の暴落が先になるかの違いであって、先進国はおしなべて通貨切り下げ、ハイパーインフレになるのだろう。経済通の間では常識となっている。知らぬは仏、といったところだろう。  閑話休題・・・・ヒクソンである。 一時期日本でも格闘技好きを熱狂させたあのヒクソンのその後を追っていた。テレビ番組だったが結構深いところまで話を追っていた。  ヒクソンが離婚していること、新しいフィアンセと暮らしていること、そして、RGウエルネスクラブという健康施設を建設中であることなどが放映されていた。 中でも感じ入ったのは、ヒクソンが愛する長男を交通事故で失ったあと自分の人生を考え直したという件である。 普通、日本や先進国と言われる国では世界的なスポーツ選手が引退後、テレビにでて相変わらずセレブ生活を送る、もしくは送りたいと願うのが普通だろうが、ヒクソンはそうではなかった。仕事も減らして新たな家庭を作り、そこに幸福を見つけようとしていた。その点でも戦う哲学者であった。  彼は息子の死から何を学んだのか?それは人生の時間の限定性だという。生きている間、家族を愛することが一番で仕事によって金銭的なメリットがあっても幸福にはならないというのだ。  勿論、生活をするための仕事もせずに家族を愛すると言ってもそれも胡散臭い。しかし、ヒクソンはお金のあるなしではなく、家族を愛することが人生の目的だとでも言っているかに聞こえたのだ。  自分自身48歳になり考えてみるが、たしかに家族を愛することは価値あることだろう。そして、それだけを自分の価値観にすることは同時に困難でもある。自分は仕事をもっと発展させたいし、仕事で社会に貢献したいと願うのも本当だ。  ヒクソンは毎朝海に入りサーフィンをするという。そして午後に仕事だ。また、家族や仲間を愛する気持ちも忘れない。サーフィンをしてゆっくり自分を見つめ楽しむ時間が必要だという。そして、仕事も充実させることが大切だ。しかし、仕事で得るお金はさほど必要ではないともいう。なかなか、資本主義に毒された我々にはモテない感覚だろう。  しかし、私もそんな人生を送りたいと思う。それはサーフィン云々ということではなく、自分の家族や仲間を愛する人生を送りたいと思う気持ちである。そんな気持ちを持てれば幸福は遠くないだろう。  現代に生きていると、仕事して成功してお金を持つことが価値あるものだという風潮がどうしてもある。これは現代の資本主義では当然の考えだろうが、同時にその思想が今の世界での金銭的二極化をもたらしていることも事実である。  以前にも書いたが、新しい車や新しい服を購入しなければ幸福になれないのだろうか?消費社会にいて、他人よりも高価なモノを身に付けていなければ幸福にはなれないのだろうか? 実は我々は200年前の王族以上の便利な生活をしているのではないだろうか? それでもマスコミが報道するセレブたちの生活をを見ているとなんだか自分たちがまだまだ貧しいと思ってしまうことが問題ではないだろうか?セレブを崇める風潮に一石を投じる人はいないのだろうか? 資本主義の幸福とブータンのような精神的な幸福のバランスが必要だとおもう。

「世界侵略:ロサンゼルス決戦」

昨夜映画を見てきた。 「世界侵略:ロサンゼルス決戦」  という映画だった。 昔からアクション映画が好きで、ヒーロー者が大好きだったが思い返すと殆どがハリウッド映画であり、日本映画などはあまり見ない。 むしろ日本映画にはハリウッドにはない日本的な湿度みたいなものを求めている気がする。  さて、映画であるがエイリアンによる地球侵略をアメリカ軍のヒーロー兵士たちがやっつけるというストーリーだ。ストーリーは単純だが、中で涙もあり感動もあり感情が揺さぶられ、一瞬のカタルシスを覚えたことは間違いない。 さすがはハリウッド映画だった。 意味を考えれば大して何も浮かばないが、仕事をしている週の半ばの一日が興奮と涙と感動の2時間で彩られたことは間違いない。観て良かったのだ。 突然映画を見て感動したり大音響に身を任せてみたいと思うことがあり、こうして平日の夜に突如映画を見に行くことがある。 かつては家庭用の100インチスクリーンでDVD鑑賞もしていたが、子供が大きくなり家が手狭な我が家ではその趣味は不可能になってしまった。 もう少し広い家を建てればよかったと思っても仕方がない。 どうしてエイリアンの地球侵略映画を見たかったかというと、最近読んだ本でマヤ文明のカレンダーが今年の年末で終了する=地球が一度大異変がおきて人類が殆ど死に絶えてしまう。という内容のものがあったからだ。  その大異変はどうも気象の大変化らしい。実際に今年は3月の大震災以来世界中で地震や台風などの被害が大きい気がする。ただし、エイリアンの襲来は考えにくいだろう。問題は今年の年末でカレンダーが終了している点だ。これはオカルトを信じない私にとっても実は結構気になっている。  まずは、世界の経済が資本主義の欠点が露になってきて世界経済の崩壊、経済危機、ユーロの破綻、アメリカの破綻、日本の破綻が現実味を帯びてきた点である。次には太陽の黒点の活動が活発化しておりその性で地球の気象がおかしくなり始めているらしいということだ。  これから一体ドンナ時代になるのだろうか?ともかく我々は今、世界的な激動の時代の入り口にいることは間違いないだろう。といっても日本人の殆どはそんなことはないと思っているのだろうが・・・。

生き方について考えた~減速して生きる:ダウンシフターズ

昨日、保険医協会の市民講演会で高坂勝氏の講演会を聞いた。その後少し食事とお話をした。高坂氏は「減速して生きる:ダウンシフターズ」という本を書かれていて、はじめて講演を聴いた。中でも感じ入ることが多かったので今日はそのことについて書きたいと思う。   著書の初めの部分にこうある。 「お金があれば何でも買える。」と語った若手企業家は表舞台から消え、米国発のグローバル金融は、笑っちゃうほどの弱点を世界中にさらした。(中略)そして私達は忙しくなり、家族と食卓を囲み、趣味を楽しむような日常を失い、生活の質は低下した。その憂さを晴らすかのような消費に、束の間、我を忘れてきた。」 氏の考え方の中心は自分が認めた価値の中で生きることが幸福だ、ということだと思う。我々は資本主義社会に生きていて、大量生産大量消費のサイクルに知らないうちに組み込まれている。確かにそう感じる。 自分が望まない生活をする羽目に気がついてしまった、というところだと思う。今の日本にはそんな問題が多くある。 原発だってそうだろう。誰だってこんなに危険な原発とともに生活なんてしたくなかっただろう。しかし、原発を誘致した地区はお金が欲しかったし、お金は要らないという生き方も選択できなかった。氏のように年収350万円で週休2日で、毎日5時間程度しか働かない飲み屋のマスターなどの職業よりも、お金を落としてくれる原発を選択したのだ。 いまだに自民党の議員を中心に原発を地下に安全に作ろうという動きがある。地下で同じことが起きたら安全どころかもっと大変だと馬鹿でもわかりそうなものだが、彼らにはわからないらしい。キット経団連の票が欲しいのだろう。また、電力会社労組の票が欲しい現政権もとうとう原発廃止を打ち出せないでいる。また、マスゴミの世論調査では原発は仕方ないから必要だという人が60%もいるというが本当だろうか?本当なら都会に是非原発を作って欲しいものだ。 日本のマスゴミによる世論調査は信用できないのだが、ネットの調査などによると殆どの国民が原発は要らないと考えていると思う。日本人はそれほど強欲な民族ではないだろう。一部のお金至上主義者がそう思っているだけだ。 また、原発が停止したら電気が足りないと電力会社は大声で叫んでいるが、なくなっても丁度1985年当時の電力消費量に等しい。あの頃バブルの頃、何か不自由があったかと考えると今以上に馬鹿騒ぎしていた気がする。今は国民中がもっと馬鹿のように電力消費するように仕向けられているのだろう。 1985年当時と現在とでは時代が違う。今は輸出するために工業製品を作る電機が沢山必要だという声が聞こえてきそうだ。しかし、実際には日本経済の輸出依存度は1985年が14%に対し2009年度では11%に低下しているのである。当然企業がアメリカやヨーロッパに生産拠点を移したからである。 日本がいかに世界中でも無駄な電力を使っているかを見たらいいと思う。自分達が間違っていることはなかなかわからないものだ。今回氏のように世間で言われる出世やお金にこだわりを捨てた人の生き方を聞いて、素直に感動した。 日本は明るいね。アジアでもダントツ。 ヨーロッパはどうでしょうか? 日本だけが馬鹿騒ぎと言われそう! 氏の書評があったのでいろいろ追加。 ************* http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2010/12/post-234.php 「減速生活者(ダウンシフターズ)」のリアリティとは? 2010年12月13日(月)11時57分  アメリカ人というと、とにかく量の拡大を競うばかりというイメージがありますが、その一方で「拡大志向から下りる」というカルチャーもあります。一番の例は「ハッピー・リタイアメント」という文化で、できるだけ若いうちに「働かなくても食っていける」だけの資産を築いてリタイアするのが理想とされています。  その場合に「食っていける」というのは、現役時代の浪費生活を死ぬまで続けるという意味ではありません。リタイアメントライフという中には、しっかり生活と消費の「スローダウン」が入っていて、多くの人はそれでストレスから解放された、つまり「減速」に価値を見出しているということはあると思います。  減速という選択は、何もリタイアの時だけではありません。例えば、博士課程で頑張っていたがどうしても論文がまとまらないので大学教師ではなく、高校教師として若い人を指導することにしたとか、ウォール街での「戦い」に疲れたので地方都市に移って税務コンサルタントを開業したというような「減速」をする人は多いと思います。家族との時間を大切にしたいということで、キャリアの頂点で突然引退するスポーツ選手や芸能人の場合も「減速」の一種だと言えるでしょう。  ですが、こうした「減速」の多くはいわば「マイナスの選択」です。つまり社会の「主流」には拡大至上主義の思想があって、あくまでその裏返しとしての、あるいは「ささやかなアンチ」としての「減速」に過ぎないように思われます。  ところが、今回、高坂勝さんという方による『減速して生きる、ダウンシフターズ』(幻冬舎刊)という本を読んで思ったのは、この高坂さんの思想は「拡大」を裏返したり補ったりするだけの「減速」ではなく、「減速」それ自体が思想として成立する非常にユニークな考え方だということです。以降は、この本についての書評めいた書き方になりますが、本を通じてさまざまな議論を広げていく一助になればと思います。  高坂さんは、大手百貨店のトップセールスとして忙しい生活を送っていたのですが、30歳を過ぎて年収600万円に達したところで突然退社、世界を放浪した後に小さなバーを開店します。そのバーは、オーガニック食材、手作りのインテリアなどのこだわりと共に、「忙しいだけのランチ営業はやらない」「回転率よりお客との対話」「週休2日と季節ごとの長期休業」など「減速」の思想で貫かれており、ささやかながら健全で安定した経営ができているのだそうです。  こう簡単に紹介してしまうと、それこそアメリカの例と同じように、日本の長時間労働や会社組織のストレスに対する「アンチ」に過ぎない、そんなイメージを与えてしまうかもしれません。ですが、高坂氏の思想はそうしたレベルを通り越して、もっと先へ行っているように思います。それは2つの点です。  1つは、この「減速思想」の裏にはかなり徹底した合理主義があるということです。偏屈なオヤジがこだわりだけの営業をしているのではないのです。例えば、高坂さんの店には掃除機とヤカンがありません。というのは、6坪の狭い店では収納場所を考えるとホウキとちり取りの方が効率的であるし、お湯を沸かすのは鍋で十分であり、ヤカンのような3次元の空間を占有してしまう道具は不要というのです。  更に徹底しているのは、規模に関する思想です。必要な生活費から逆のコスト計算をして目標売上額を決定したら、その売上額を「オーバーしてはいけない」のだというのです。売り上げが過剰になれば、そのための投資が必要になり、気がついてみたら持続可能性という意味では危険な経営になってしまうからだというのです。  この辺りの合理性というのは、企業経営にも十分に当てはまる思想だと思います。高坂さんの店とは規模が違いますが、マスの外食産業の場合は、シェア争いが価格の引き下げ競争のエスカレートを招く中、業界全体が破滅的な状況に向かっているわけで、そのことを考えると高坂さんの指摘の持つ「合理性」は大切だと思います。私は個人的にはバランスシートの左右をダイナミックに使った経営も必要と考える人間ですが、十分に説得されました。  もう1つは、「減速」というのが敗北でもなければ、簡素化でもないし、退行でもないということです。売れすぎないようにするとか、ランチをせず週休2日などというのは、量という概念からだけみれば「引き算」ですが、実はその中に前向きな価値がたくさん含まれているのです。例えば、お客さんとのコミュニケーションだとか、料理の質から来る満足度、そして固定客を確保していることから来る経営の安定というような「質」の評価で考えれば、年商1000万に満たない(ようです)6坪のバーが示すレベルは大変に高いのではないでしょうか?  それは「思想」とか「感性」といった金銭価値では図れない部分に豊かさがあるだけではないように思います。正しい意味での経済合理性によってしっかり経営と生活の基盤が確保されている中で、金銭的な価値で置き換えられるモノと、置き換えられないモノの「接触面」が活性化されているということなのです。  つまり「減速」という思想は「不活性化」ではなく、活性化なのです。それは「規模の拡大」が実は極めて非合理的であり、時には思考停止だということを暴き出すと共に、経済的な価値だけを優先する考え方が実は経済的な成功を内部から腐敗させるという、近代の「合理主義」が行き着いた袋小路からどう一人一人が再生していくかを具体的に示しているということです。  1つ欲張ったことを言わせていただくと、この高坂さんの「独自の合理性」を育んだのはやはり大企業での終身雇用システムにおける職務経験が背景にあるのだと思います。だとすれば、その外部には「第二、第三の高坂さん」を育てるシステムをこの社会は持っていないという問題があります。次作では、こうした「減速カルチャーが普及、再生産」される「持続可能なしくみ」への提言を期待したいところです。  いずれにしても、各ページに新たな発見があり最後まで一気に読まされました。一読をオススメします。 カスタマーレビュー 減速して生きる―ダウンシフターズ   ‹ 戻る | 1 2 | 次へ › 有用性の高い順 | 最新のレビューから     24 人中、19人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 5つ星のうち 5.0 [...]

風水について

最近風水を実践している友人から風水の力がすごいということを聞いています。たんなるまじない以上の力があるそうで私も盛り塩を置いたり、もち塩を持ったりしています。 先日マイナスイメージをもたらす人とあった際にはもち塩を振りなさいという教えをもらっていましたが、実践していませんでした。その後なんとなく、気分の悪い日が続き友人に相談したら、すぐにもち塩を振って悪いものを清めなさいといわれて、昨日から気がついて実践始めました。玄関のたたきを雑巾で水ぶきするのも昨日から寒い中早速実践しています。 今までいい加減な性格のため風水グッズを買いあさった後は盛り塩くらいでほかは継続していませんでしたが、友人は継続していて回りもドンドン明るい雰囲気が出てきたようです。 日本人の宗教は仏教、神道、そして修験道とありますが風水は中国起源の一種の思想だと思います。もともと皇帝、政治家、貴族と言った、特権階級の中で、実践されていたようです。 唐の時代になると、楊均松(竹冠があり、いんと読みます)(金紫光録大夫として宮廷に仕えたのが、874~888)(834~900)が、平民のために風水学を使い、庶民から、楊救貧として慕われ、風水が平民に広まりました。 楊氏は、江西省北西の地域で、平民に風水学を教えたと言います。 要は中国の官僚制度の中で国を治め、天災を防ぎ、自然の収穫をもたらすために、天変地異の災いから身を守るにはどうしたらよいかという自然の理として、運気というなかなか人間の力ではどうしようもないものをどうにかしようとした思想が起源だと思われます。 中国だけでなく、韓国、日本などの長い歴史の中で生き残っている考えですのできっと必然的な真実を内包しています。 これからどんなに科学が進歩しても風水は廃ることはないでしょうし、この考えは誰しも知っておきべき物となるでしょう。 ネットの記事にあったものを転載します。 (ここから転載) トイレ掃除を“する”か“しない”かで世帯年収に90万円の差!? 東京ウォーカー 2月3日(木)19時12分配信 トイレをキレイにしている人と、そうでない人とでは「世帯年収に約90万円の差がある」という驚くべき事実が明らかに!/Copyright(C)paylessimages,Inc.All Right Reserved. NHK紅白歌合戦で披露され、大ヒットソングとなったアーティスト・植村花菜さんの楽曲『トイレの神様』は、“トイレ掃除”の場面が描かれていることで有名だが、今回は、世間の“トイレ掃除事情”についてアンケートを実施。トイレをキレイにしている人と、そうでない人とでは、「世帯年収に約90万円の差がある」という驚くべき事実が明らかになった。 【写真】“ピカピカトイレ派”と“残念トイレ派”はこんなに差がある!? ライオンは、今回、20~39歳の男女490人に対して「トイレの清潔さに関する比較調査」を実施。風水などでは、「トイレをキレイにしていると、金運がアップする」などといわれているが、実際に調査対象者を“ピカピカトイレ派(245人)”と“残念トイレ派(245人/トイレをキレイにしていない人のこと)”の2派に分け、「あなたは金運が良い方だと思うか?」と質問。すると、“ピカピカトイレ派”は、42%が「思う」と回答したが、一方で、“残念トイレ派”で「思う」と答えたのは、22%と少数だった。 さらに、年収についても聞いてみると、明らかな違いが発覚!“ピカピカトイレ派”の平均個人年収は261万円、“残念トイレ派”の平均個人年収は237万円となり、24万円の差が出てしまったのだ。そして、「世帯年収」についても聞くと、“ピカピカトイレ派”の平均は542万円、“残念トイレ派”の平均は454万円。なんと、90万円近くの差が出る結果となった。 「トイレをキレイにしているかどうか」で、なぜここまで調査結果に差が出るのだろうか?“ピカピカトイレ派”と“残念トイレ派”の、性格や意識の違いを調べてみると…。“ピカピカトイレ派”は、「段取り」が良く、「友人」が多い傾向にあることが明らかに。社交性が高く、仕事や対人関係でそういった面が評価されやすいのではないか、ということが分かった。「トイレをキレイにしていると、友だちも家に気兼ねなく呼べて、人との関わりも増えて、人生が楽しくなる」(33歳・主婦)など、“ピカピカトイレ”イコール“招福”と考える人は、実際に多数いる模様だ。 ちなみに、トイレをキレイにしている人に「トイレ掃除で工夫していること」を聞いてみると、「汚れに気が付いたらすぐに拭き取る」(35歳・未婚女性)、「トイレットペーパーでこまめに便器・床を拭く」(37歳・未婚男性)など、“気付いたらすぐ”や“頻繁に”掃除するという意見が多く上がった今回の調査。立派な年収をGETするためにも、今日からこまめに掃除し“ピカピカトイレ”を目指してみるのはいかがだろうか。【東京ウォーカー】

上医は国を医し、中医は人を医し、下医は病を医す

上医は国を医し、中医は人を医し、下医は病を医す 医師として働くようになる前、高校生時代にこの言葉を聞いた。 中国の唐代の名医、孫思の著書『千金方』巻一「診候」に書か れている。もともとは西暦454年から473年にかけて書かれた、 中国の陳延之の著書『小品方』にある、 「上医医国、中医医民、下医医病」から来た言葉といわれている。 「上医は国をいやし、中医は人をいやし、下医は病をいやす。」 と読むのであろう。 この事を本で読んで知った高校生時代の私は周りにいる親類医師 の姿とのギャップを感じた。医師をしている叔父達が「国をいやす」 なんてまったくイメージがわかなかったのである。とにかく手術と外 来を忙しくやっていた叔父たちである。おまけに私もまだ高校生だ った。イメージが湧かないのは当然のことである。しかし、この言葉 がなんとなく正しいと感じた。 この『小品方』は中国の律令制度のもとで医学生の教科書だった わけであり、中国は官僚(宦官)によって政治経済がコントロール されていた。 当然、官僚による教育としては自分達官僚(宦官)のほうがお前達 医者よりも優秀であると教育(洗脳)したかったのだろう。 また、逆にロジカルに物事を考える医学生の中から政治経済を志す 若者をスカウトしたいという気持ちもあったかも知れない。 いずれにしても額面どおりに受け取れば医師の資質は実は 政治家に近いものがあるのかも知れないことを考えさせられ る。確かに命とは何か?幸福とは何か?と考えると健康とか 生活の安定とか政治的な問題にも考えは及ぶ。しかし一方 で、医師という仕事は職人の仕事であり、人間の体に関する 膨大な知識と経験、技術に裏打ちされた専門的なものだ。 それはきわめて個人的な資質(記憶力や手先の器用さなど) に関わる仕事で政治思想や経済学とは一見乖離しているもの だと考えられているかもしれない。 一方私は自分が学生時代に志したのは竜馬のような革命家で あり、ニーチェのような思想家であった。しかし、どこかで医師と いう仕事に政治家のような思想家のような天下国家を語り考える 人間というイメージが重なっていたのかもしれない。 私が思想に関心を持ったのは「人間が何のために生きて」 いて、「何が幸福なのか?」という普遍的な問題に真剣に 悩んでいたからであろう。誤解を恐れずに言うと私の高校 時代は生きる目的を探求する日々でもあった。「人生の意味 、幸福の意味、人間とは何か?何のために生きるのか?」 解決しない疑問に悩む青年時代ともいえた。 その問題は解決しない問題だし、普段生活の中でふと われに返ったときに思い出す程度のものでしかないが、 しかし、医師として仕事をする中で同様の問題を考えることがある。 何のために治療するのか? 病気を治すのか? その臓器以外の関連部分も治療することによって その人間にまでも関わって治していくのか? 正しい生活習慣を教えて導いてゆくのか? それとも薬で検査の数値だけを正常化するのか? 上医は国を医し、中医は民を医し、下医は病を医す   それにしてもこの言葉は重い。「下医は病を治す。」 下医というのは簡単にいうと、病気を治すだけのお医者さん であろう。それが悪いのか?というと悪くなんてない。医師 の必要条件である。ただ、この必要条件しか持ってない [...]

ゴルフが趣味になって1年になった。

ゴルフが趣味になって一年がたった。もともとゴルフに対してのイメージは悪く、でっぷり太ったおじさんたちが社交的にするものという固定観念があった。 実際太ったおじさんたちが沢山やっているスポーツには変わりはないが、スポーツとして捕らえてみると非常に繊細なものだということがわかってきた。 もともとはスコットランドの羊飼いがモグラの穴にボールを入れて遊ぶマッチプレイ競技だったというが、中国がその起源だという説もある。いずれにしても牧歌的な遊びから発達したスポーツだといえるだろう。   このスポーツが僕の興味を引いたのはまずはその技術と精神力、体力のバランスが今まで経験してきたスポーツとはまさに正反対だったことである。 ゴルフ以前に熱中していた自転車競技は体力80%、精神力15%、技術5%といったところであろうか?僕のようなアマチュアがたった1年真剣に乗っただけで鈴鹿のサイクルレースに出場して10位程度になれるのである。(何年も乗っている人ゴメンナサイ、笑)勿論もともと筋力トレーニングを真剣にやっていたためそこそこの筋力はついていた。だから地元の自転車に数年以上乗っていてレースで活躍している人たちと走ってもスプリントに限っていえば負けない程度の力はあった。(と思っている。勘違いか?笑) その頃はベンチプレス100kg、デッドリフト100kg、スクワット100kgで筋トレを行った後100km自転車で走るなんて馬鹿なトレーニングを真剣に自分に課していた。これを100kクラブといって周りの若い人たちに100kクラブに入れと叱咤激励していた。(迷惑なおっさんだっただろうな、笑い) こういったトレーニングの能力はほぼ80%、いや90%程度は筋力と心肺機能によるものだと思う。 精神力はきつい登りの競争状態で上りきったら後は下ってついていけるという状況で頑張りきる際に鍛えられる。または、くだりの猛スピードからのブレーキングで相手のイン側を差し込んでゆくときにハンドル捌きに技術が求められる。  しかし、ことゴルフに限っては精神力30%、技術60%、体力10%くらいではないだろうか?60歳の老人が20歳の若者を簡単に負かせるスポーツはゴルフ以外にはないのではないだろうか?それくらい技術と精神力が大きいウエイトを占めているのである。  そのゴルフも筋トレの要領で練習した。もともとが自分をいじめて体を鍛えるのは嫌いなほうではない。むしろサドなのかマゾなのかわからないが、結構好きだったりする。昔から努力とか、根性とか、我慢とか、そういった精神論は大好きだった。まあ古い人間なんだろう。しかし、昔から偉人伝や伝記を読むと分野は違っても自分を徹底的に追い込んで鍛えてゆくのは何事も成功するためには必要なことである。(頭や能力という意味で) 多くの人は人生の中で持続的に努力する目的を見つけられないから成功しないのだと誰か自己啓発の本でも書いていた。   ともかく、激しい練習をしたものだからこの1年間に2回も肋骨を骨折してしまった。そのつど1ヶ月間練習がまったくできない状態になってしまった。休日には朝から一日に1000球もゴルフレンジで打ちまくっていたのだから骨折もするだろう。今思えば技術を身に付ける方法としては稚拙な方法である。しかし、最初は習うより慣れよである。絶対に上達するという信念だけは持っていたので筋トレのように、マラソン練習のようにひたすらボールを打っていた。  肋骨の骨折がこんなに痛いものだとは骨折してよくわかった。患者さんにまたやさしくなれたと思っている。思えば子供の頃から無茶ばかりしてバイクで暴走して骨折したり、脱臼したり、ヤ○ザさんと喧嘩して頬骨骨折したり骨折は何度も経験している。無茶はそろそろ止める年になったのだからこれで骨折は卒業したいものだ。熱中すると止められないところが僕の悪いところだ。  しかし、今年の5月に骨折して6月は100球以下の軽い練習だけをしていた。7月は学会で毎週出張の日々、8月になって久しぶりにコースに出たら調子が良いではないか。今にも100を切りそうな数字が並んできた。110、108、105、104である。きっと骨折しながら振り込んだフォームが身についてきたのか? レッスンを見てもらっているプロからも1年は我慢といわれていたので調度まともに球にクラブが当たるようになってきたのである。このまま、90くらいのスコアが出るようになりたいものである。プロに言わせるとゴルフのスイングは自己流は絶対にだめだそうである。自己流でいびつなスイングしている人をたまに練習場で見かけるが、いびつなスイングは練習を止めたり練習量が減るとすぐに100を切れなくなるのだとか。そして、スタンダードなスイングを覚えることが大切だと教わった。再現性のあるスイングという意味である。  幸いなことに僕のレッスンプロは教えるのが実に上手である。何がいけないスイングであるべきスイングはこうだと、理路整然と教えてくれる。ゴルフのレッスンはダンスに似ているというのがその趣旨である。 軽いダンスを踊るように振りなさいといつも言われている。今まで筋肉をいじめて増大強化させることが目的でスポーツをしてきた僕にとっては考え方も方法論も逆の分野である。苦手な分野といっても良い。しかし、折角興味を持ったゴルフである。これからもダンスを無意識に踊れるようにスイングを無意識に綺麗にできるように練習したいと思っている。  今週からまた筋トレを再開した。100kgのバーバルと戯れて、100km自転車で走り、その後100を切るスコアでゴルフをする。これが今の目標だ。いずれはそれにエイジシュートを加えたいものだと思っている。 きっとできるはずだと思っている。自分が70歳になった姿は想像できないが、100kクラブに入っていればキット理想の体をした爺さまになっていることだろう。

鏡川祭りの夜

昨夜は高知の名物である鏡川祭りが行われた。祭りの醍醐味はなんと言っても90分にわたって打ち上げられる花火だろう。 ここ最近は景気が悪いこともあり花火大会が盛り上がりにかけることもあったが何とか今年も開催にこぎつけたようである。 私は無粋な人間で、花火など近くで見たいと思ったこともなく逆に人ごみが嫌いで今まで花火の会場に足を運んだこともないくらいである。 それが今年は知人の車屋さんから花火が見られる会場を提供するという話があった。ある高級レストランのオーナーの自宅でその日だけ特別に貸切で食事とお酒が出てビアホールのようになるそうである。 そこで妻と子供をつれていそいそと出かけてきた。想像以上に立派な5階建てのビルだった。すべてが自宅だそうで、土地も広く聞くと200坪くらいだとか。建物も素晴らしく、広々としたリビングは生活感がなくおそらく50畳程度だろうか、10家族くらいが集まっていた。それぞれくつろぎながらビール飲んだり食事したり、子供たちはベランダに出てわいわいと騒いでいた。 今までは家の近所の鏡川の堤防から遠くに上がっていく花火を見て、「綺麗だね」と10分程度見たら、「もう暑いから帰ろう」と帰るのが常であった。 初めて間近で花火が上がるのを見た。 火の玉がゆらゆらと上空に上ってゆき、四方八方へはじけてその後どーんと爆音が響き渡る。眼下に見える会場の近くの橋の袂の見物客たちがいっせいに「わー」と声を上げる。 花火は歓声がやまぬあいだにドンドンと打ち上げられ、あたりは夜の闇が一瞬の光の花びらに照らされていた。 久しぶりにいいものを見た。家族で夜店が帰りの準備をしているのを眺めながら歩いてうしおえ橋まで帰ってきた。 なんとも平凡で平和な夏の日の夜だった。こうした平和で平凡な一日は昔は退屈な一日だった。だから暇つぶしにしかならないと避けていた。 昨日も退屈なひと時であり、一人でビールを飲んで5階のベランダ越しに花火をなんとなく眺めていた。ほほに当たる風が気持ちよかった。頭の中にはやはり患者さんのことがあり、自分のこれからの進むべき方向についての考えがあった。 つまり、目の前の花火はただ網膜に映ってはいたが脳にはたいした情報としては認識されていなかった。いつもならそれでおしまいだった。 しかし、今回は違っていた。子供たちの笑顔と歓声、体中で興奮している子供たちを見ていた。また、その子供たちを見つめる妻の優しい瞳が夢想していた自分を現実に引き戻してくれた。ああ、こんな夏のひと時も良いなあ。そう思った。ビールを飲みながら年をとったもんだと思った。46歳の夏が過ぎてゆく。

日本の未来について

もともと医者が政治にあれこれ口出しすることはいかがなものかとは考えている。 しかし、現在の日本のマスコミによる情報操作や特定の考えの下に行われているバッシングには見るに耐えないものがある。 多くの国民が真実を知らされることなく無知のままにおかれている。  我々のために本来がんばっている政治家の政治生命を我々が情報操作されて貶めている現状を避けなければならない。 その点について貴重な意見があったので紹介したい。 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-0c21.html 植草一秀の『知られざる真実』 マスコミの伝えない政治・社会・株式の真実・真相・深層を植草一秀が斬る 鳩山総理辞意表明と政治とカネ問題への誤対応 鳩山総理大臣が辞意を表明した。   総理大臣辞任の理由として、①普天間問題の混乱で社民党を政権離脱に追い込んでしまったこと、②政治とカネの問題で迷惑をかけたこと、をあげた。   参院選を目前に控えて、民主党が極めて厳しい情勢に追い込まれたことが鳩山総理決断の直接の原因であると考えられる。   結果論だが、鳩山総理が普天間問題で別の決断を示していたなら、状況はまったく異なるものになっただろう。国民総意は普天間基地の国内移設を拒絶する意思を鮮明に示しており、また、米軍海兵隊の役割を踏まえても、鳩山総理は普天間基地の海外移設を決断すべきであった。   米国は一度手にした沖縄巨大軍事施設獲得の合意を手放すことに強く抵抗したと考えられるが、鳩山総理は米国のゴリ押しに押し切られてしまったのだと考えられる。海外移設を決断すれば、対米国での厳しい外交に直面することになることは当然である。   しかし、もともと合意が存在していた問題をあえて修正することを提案したのは鳩山総理自身であり、問題が拡大するなかで日本国民の米軍基地拒絶の意思がより明確になったのであるから、鳩山総理は最後まで意志を貫くべきであった。   普天間基地問題での判断の誤りが鳩山政権を窮地に追い込んだのである。   政治とカネの問題が鳩山政権に大きな足かせになったのは事実である。鳩山総理は母親からの政治資金提供に関連して、秘書が架空の収支報告を行ったことについて、まったく認識していなかったが秘書が問題を起こしたことを陳謝するとの姿勢を示していた。   クリーンな政治を標榜しながら「政治とカネ」の問題で民主党のイメージが傷つけられたことに対して、鳩山総理には忸怩たる思いがあったのだと思われる。   鳩山総理が小沢一郎民主党幹事長に対して幹事長辞任を求めたことは、参院選を控えて民主党の党勢を回復するための主張であると考えられるが、捉え方によっては、極めて重大な禍根を日本の歴史に残すことになる点に十分な留意が必要である。   小沢一郎民主党幹事長に関する「政治とカネ」の問題は、昨年3月3日の大規模隆規秘書の逮捕(三三事変)が契機である。   現在、この事件の公判が開かれているが、この事件自身は検察が公判維持不能に追い込まれているのが現実である。   大久保秘書は二つの政治団体からの政治献金を事実に即して収支報告書に記載したが、検察はこの記載を「虚偽記載」だとして逮捕、起訴した。検察は二つの政治団体が「架空団体」であると認定して逮捕に踏み切ったのである。   ところが、本年1月13日の第2回公判で、検察側証人として出廷した西松建設元総務部長が、二つの団体に実体があったとの趣旨の証言を行った。この結果、大久保氏の無罪は確定的な情勢になり、検察は公判維持不能の状況に追い込まれたのである。   窮地に追い込まれた検察が、さらに暴走を重ねたのが本年1月15日の石川知裕衆院議員などの逮捕(一一五事変)であったと考えられる。検察は小沢氏の資金管理団体会計責任者が収支報告書に、小沢氏が一時的に立て替えた資金収支を記載しなかったことを「虚偽記載」だとして石川氏などを逮捕した。   この逮捕者のなかに大久保氏が含まれた。三三事変裁判で窮地に追い込まれた検察は大久保氏を起訴し、この件に関連して三三事変裁判の訴因変更を裁判所に申し立てたのである。   つまり、一一五事変は三三事変で窮地に追い込まれた検察が、裁判での完全敗北を回避するために暴走を重ねたものである可能性が高いのである。   検察は小沢一郎氏については関与の程度が低いとして「不起訴」としたが、この決定を東京第5検察審査会が4月27日に「起訴相当」の決議を示した。   検察審査会が「起訴相当」としたのは、立て替え払いの収支記載漏れではなく、不動産取得の時期が3ヵ月弱ずれていたことだった。収支報告書への記載がずれたのは、不動産登記の時期がずれたためで、この程度の時期のずれは不動産取得では一般的に見られる現象で、検察はこの点を問題としなかった。   検察審査会では一般人が審査人になるが、審査を誘導すると見られるのは、弁護士から選任される審査補助員である。小沢氏の案件では米澤敏雄氏が審査補助員に選任されたが、米澤氏は検察官出身の弁護士で、どのような経緯で米澤氏が選任されたかなど、不透明な点が多い。   検察は石川知裕衆議院議員などを逮捕した事案では、小沢氏の立て替え金の収支漏れを問題としたが、立て替え払いについては収支報告書に記載しなくてよいとの慣例が存在していたのに反して、検察が起訴したことを見落とせない。       つまり、小沢氏に関連する「政治とカネ」問題については、検察やマスメディアの報道などから生み出されるイメージだけで論じることに大いなる問題があることを忘れてはならないのである。   [...]