ルルドの奇跡

 

ルルドの奇跡という言葉を知っているだろうか?

フランスの小さな町にある湧水のことである。この町は聖母マリアの出現と奇跡的治癒を起こすルルドの泉で非常に有名である。

キリスト教の巡礼地にもなっている。

 

さてここでおきる奇跡は医学的にも興味深い。興味深い症例があるので紹介したい。
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パリ、フランス、3月30日、2011/01:55pm(CNA)。- 怒りのビショップ・エマニュエル・デルマ、フランスはルルドの我々の女性の聖地で、男性の治癒を確認した。

「この治癒は、洗練の事実として、キリストの印としてのこの男性のための神の個人ギフトとして、Saviorと考えられることができる」と、司教が3月27日に言った。

2つの手術からの合併症が椎間板ヘルニアとともに彼のもとを去ったあと、サージ・フランソア(56)は彼の左下肢でほとんどすべての運動能を失った。彼は、治癒を祈願するために、2002年4月13日に聖地へ巡礼をした。

デルマが治癒がフランソアの後で「洞穴で祈り終わって、水を飲むために奇跡的な泉に行って、彼の顔を洗うように場所をする点に注意した司教。聖母マリアの固有のジェスチャーは、この男性を癒やす際に見られることができる」と、彼が言った。

スペインの1日のLa Razonはフランソアの回復の後、彼が2003年にルルドに戻って、彼の症例を医学委員会に報告したと言った。そして、それはその調査を開始した。

「しかし、8年後で、現れなさい。」と、「急速な機能的治癒(治療のどんな形とはでも無関係な)」があったために、ルルドMedical委員会が後で確かめた

フランソアは、サンチァゴ・デCompostela(彼の回復のための感謝の表現のスペイン)へ、975マイルの巡礼をした。

Tarbesとルルドの司教ジャック・ペリエは、医師が「彼らが『科学的に』それを制限しない限り、『不可解な』用語を使用するためらう今日」であると説明した。

「彼らは、1つの事実に限るのを好む:治癒は、今日不可解である。彼らが不可解なものを拒絶する同僚によって後で評判を落されないように、彼らは必須のこの資格を考慮する」と、彼がルルドのウェブサイト神社で発表される声明で述べていた。

「そのうえ」と、彼が付け加えた。「ルルドの医師は、常に医学的に申し分がないよう努める。教会は、これで彼女自身それらを促す。」

最新の治癒を祝うために、ビショップ・デルマは、5月3~8日に聖地への巡礼の間、ルルドでカトリックを特別なミサに招待した。

Serge Francois, 56

Paris, France, Mar 30, 2011 / 01:55 pm (CNA).- Bishop Emmanuel Delmas of Angers, France confirmed the healing of a man at the Shrine of Our Lady of Lourdes.

“This healing can be considered as a personal gift of God for this man, as a fact of grace, as a sign of Christ the Savior,” the bishop said March 27.

Serge Francois, 56, had lost almost all mobility in his left leg after complications from two operations left him with a herniated disc. He made a pilgrimage to the shrine on April 13, 2002 to pray for healing.

Bishop Delmas noted that the healing took place after Francois “had finished praying at the grotto and went to the miraculous spring to drink the water and wash his face. A unique gesture of the Virgin Mary can be seen in the healing of this man,” he said.

The Spanish daily La Razon said that after Francois' recovery, he returned to Lourdes in 2003 and reported his case to the medical commission, which began its investigation.

The Lourdes Medical Commission later verified that “the rapid functional healing, unrelated to any form of treatment" was "still present, eight years later.”

Francois made a 975-mile pilgrimage to Santiago de Compostela, Spain in thanksgiving for his recovery.

Bishop Jacques Perrier of Tarbes and Lourdes explained that doctors are “hesitant today to use the term ‘inexplicable,’ unless they qualify it with ‘scientifically'.”

“They prefer to limit themselves to one fact: the healing is inexplicable today. They consider this qualification to be essential so they are not discredited later by colleagues who reject the inexplicable,” he said in a statement published on the Shrine of Lourdes’ website.

“Moreover,” he added, “the doctors at Lourdes always strive to be medically irreproachable. The Church herself encourages them in this.”

To commemorate the latest healing, Bishop Delmas has invited Catholics to a special Mass in Lourdes during a pilgrimage to the shrine May 3-8.
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「ルルドには医療局が存在し、ある治癒をカトリック教会が奇跡と認定するための基準は大変厳しい。「医療不可能な難病であること、治療なしで突然に完全に治ること、再発しないこと、医学による説明が不可能であること」という科学的、医学的基準のほか、さらに患者が教会において模範的な信仰者であることが条件される。このため、これまで2,500件が「説明不可能な治癒」とされるが、奇跡と公式に認定される症例は大変少数(68件)となっている。」(wikipedia)

ウイッキーさんによると、以上のような厳しい基準においても医学的には説明できない奇跡が起きているのである。
では医学は奇跡と対立しているのか?といえば、本来はそうではない。本来、学問である以上は何かの現象が起きればそれを探求することが科学であり学問である。
 ところが、医学をはじめとする自然科学はいつの間にか奇跡的治癒を例外として片付けるようになってしまった。そして、多くの人々も現在の科学で説明できない奇跡はありえないと思っている。

これは人間にとって大きな損失である。実際、物理学の世界では量子力学が出現した1920年代からこの新たな学問が進展し、現在では宇宙の根源は神の意志に近いエネルギーがそれを支配しているという考え方が正しい、これ以外に正解は無いというところまできている。

ではなぜ医学では奇跡は信じられていないのだろうか?
もし、祈りや瞑想によってガンが治るのならば、患者さんはそれが大学病院では一笑に付されても信じて行動したいのではないだろうか?それとも大学の先生が駄目だといったら、直る治療法も放棄して、緩和ケアに自ら進みたいのだろうか?
患者さんはもし自分の難病やガンが治るのならば、可能性があるのならば、祈りや瞑想も取り入れたいと願っているはずである。

奇跡を信じない=人間の可能性、心や魂や、物理学の用語で言えば、身体場(body field)を理解したり信じないということである。
すると、我々の体を構成している、分子、その先にある原子、そして原子核、中性子、陽子、電子、陽電子なども否定するという、科学的矛盾でもある。

この矛盾が結局今の医学を盲信する世界を作っているのだろう。
医学はせいぜい分子のレベルで治療をおこなっているが、これからDNAという道の世界に踏み出している。この試みを通じて人間の体が実は心や魂といったものとつながっており、結局、物理学で言うところの意志、エネルギー、身体場というものと関わっていることがこれから明らかになると思われる。